去勢・避妊手術をより安全に

手術の写真がありますのでご注意下さい。






去勢・避妊手術には、吸収されない縫合糸(溶けない糸)を用いられることがまだまだあります。

理由は、吸収される縫合糸(溶ける糸)は吸収されない縫合糸(溶けない糸)の何百倍の値段だからです。
手術の費用を抑えようとすれば仕方のないことかもしれませんが・・・。


ただ、糸は体にとっては異物であり、「縫合糸反応性肉芽腫」という炎症を引き起こすことがあります。

吸収されない縫合糸(溶けない糸)が原因で「縫合糸反応性肉芽腫」が起きてしまった場合は、原因である糸を手術で取り出さないと炎症は治まりません。



何らかの理由で手術での摘出が出来ない場合は、炎症を抑える薬を一生飲ませることになりますが、ステロイドという薬なので副作用も心配です。

「縫合糸反応性肉芽腫」については http://hotdog1.net/cancer/entry41.html のサイトに詳しく解説されていますし、検索して頂くとたくさんの動物病院のHPなどで解説されております。



当院でもこの「縫合糸反応性肉芽腫」で苦しんだワンちゃんの手術をさせていただいた経験(詳しくは下記の記事をご覧下さい)や、今現在も「不正出血」でこの病気を疑って治療している避妊手術済みの女の子のワンちゃんがおられます。




ではどのようにすればこの「縫合糸反応性肉芽腫」を防げるのでしょうか?


血管を縛ったり、筋肉を縫合した糸など体の中に残る縫合糸は、吸収される糸(溶けてなくなる糸)を使用する。

吸収される糸であれば「縫合糸反応性肉芽腫」が起こってしまっても、糸が溶けるまで(通常数ヶ月)炎症を抑える薬を飲んでもらえれば完治することが多いです。

ただ、炎症が皮膚の近く起こった場合は、動物が舐めたり・炎症の部位が赤くなってりして飼い主さんも気がつきやすいのですが、男の子の場合は精巣を摘出する時に血管を縛った糸や、女の子では卵巣・子宮の血管を縛った糸は体の奥(腎臓の近く)にあるため飼い主さんが気がつくことはほとんどありません。

その対策として体の奥の血管には縫合糸を使用せず「シーリングシステム」という特殊な機器を使用して手術を行う。 
シーリングシステムについて詳しくはこちら をご覧ください。

しかし、腹筋の縫合などは「シーリングシステム」では出来ないため、吸収される糸(溶ける糸)を使用します。

要するに、お腹の奥深くには糸を使用せず、糸を使用せざるを得ない場所は吸収される糸(溶ける糸)を用いるが、もし炎症が起きても皮膚の近くなので炎症に気がつきやすく、吸収して糸がなくなるまでお薬を飲んでいただくということになります。


これが今出来る最大限の「縫合糸反応性肉芽腫」に対する予防策になります。

問題点は、「シーリングシステム」を持っている動物病院がまだまだ少ないのと、「吸収糸」や「シーリングシステム」を使用するとコストが上がってしまうことです。


そこで当院では、去勢手術・避妊手術のみ使用する縫合糸やシーリングシステムの利用を選択いただけるようにしておりますが、基本的には安全第一ですよね。

・費用を抑えての手術を希望される場合は、吸収されない糸を使用させていただき手術を行います(この場合も炎症を起しやすい「絹糸」は使用せず、ナイロンという吸収されない糸の中ではもっとも炎症を起こしにくい縫合糸を使用します)。

・費用は少し掛かりますが「より安心」を望まれる場合は、吸収される糸シーリングシステムを使用して手術を行っております。



当院では、去勢・避妊手術以外の手術で吸収されない糸を使用することは特殊なケース以外はありません。

しかし、去勢・避妊手術では費用を抑えないとならない時もありますので、複数の選択肢を用意することで対応させて頂いております。

「縫合糸肉芽腫」の症例

実際、当院で治療させて頂いた「縫合糸肉芽腫」の症例をご紹介いたします。


「食欲低下と嘔吐」でかかりつけの動物病院に通院していたが、改善しないということで当院に来院されました避妊手術済みのミニチュアダックスちゃん。

超音波検査にて小腸の腫瘤が見つかり、バリウム検査でその腫瘤部分の狭窄を認めたため開腹手術を行いました。


バリウムを飲ませてからのレントゲン



お腹の中の腫瘤



腫瘤が腸を巻き込んでおり、そのため食べたものが通過しなくなり嘔吐していたと考えられました。

腫瘤と巻き込まれた腸を切除し、腸の断端同士を縫合しました。


その他に異常がないかお腹の中を調べてみると、もう一つ腫瘤が見つかりました。

しかし、その腫瘤は尿管を巻き込んでおり切除するには腎臓を一つ失うことになるため飼い主さまと相談の上、腫瘤の一部を採取しこちらの腫瘤は切除せず組織の結果を待つことにしました。

というのも2つの腫瘤が明らかに避妊手術時に卵巣の血管を処理する場所だったので、腫瘍よりも「縫合糸肉芽腫」を疑ったからです。

数日後に届いた組織の検査結果は「肉芽腫」であり、組織の中に絹糸(溶けない糸)が入っていたというものでした。



4年前に他の動物病院で受けた避妊手術で絹糸(溶けない糸)が使用され、異物性の炎症を引き起こし今回のような命にかかわる問題を引き起こしていました。

結果を飼い主さまにお伝えし、残してあるもう一つの腫瘤に関しては、飲み薬で炎症を抑える治療を開始しました。

その後、腫瘤はわからないくらい小さくなり腎臓の機能も問題なく順調に回復してくれました。

しかし、お腹の中に溶けない糸がある限りお薬は長期的に(場合によっては一生)飲んでいただかないといけません。



このワンちゃんの治療をきっかけに、安価な縫合糸や道具で費用を抑えて手術することが本当に飼い主さまや動物達のためになるのか改めて考え直し、もう一度去勢手術・避妊手術のやり方を検討しなおしました。

スタッフとも話し合った結果、このような手術の合併症があることを事前にお伝えし、それをできるだけ予防できる方法があることも説明し、最終的には飼い主さまに手術方法を選択していただくように変更いたしました。


「同じように苦しむ動物たちが少なくなれば・・・」と記事にさせていただくことを許可していただいた飼い主さまに感謝いたします。
また、手術いうものをもう一度考え直すきっかけを頂けたことに感謝いたします。